どうかあと一日、生き延びてみて

 いつも人々の心にとどく言葉を探し求めているわたしの目に入った毎日新聞の『死なないで』という特集記事。今日は「バッテリー」の作家、あさのあつこさんからのいじめメッセージ「どうかあと一日、生き延びてみて」をご紹介します。

 あさの・あつこさんは1954年岡山県生まれで青山学院大文学部卒です。小学校講師をへて91年デビューし、中学校野球部を舞台に、投手と捕手の心理を描いた小説「バッテリー」シリーズ(教育画劇)で小学館児童出版文化賞などを受賞しました。「サンデー毎日」に、高校球児の“その後”をテーマにした「晩夏のプレイボール」を連載中です。

前略

 まだ見ぬあなたへ、手紙を書こうと思います。手紙というからには、まずは気候の挨拶(あいさつ)などから書き出していくものなのでしょうが、そんな形式ばったことは、ひとまずどこかに放っておきましょうか。

 あなたは、形式とか取り決めとか規則とか守るべき義務とか……そんなものには、もううんざりしているでしょうから。

 今、何をしていますか? 何を思っていますか?誰といますか?独りですか? 寒くはありませんか? 何か楽しい事がありましたか? 独り苦しんではいませんか?

 あなたと同じ歳(とし)の頃(ころ)、わたしはとても不器用な少女でした。不器用で不細工で、自分を誇れるものなど何一つないじゃないかと落ち込み、周りの無理解さに腹を立て、そのくせその腹立ちを言葉にして伝える勇気を欠片(かけら)も持ち合わせていませんでした。他者を嫉(そね)んだり、自分に失望したり、惨めだったり、痛かったり……まぁお世辞にもすてきな青春時代じゃなかったですね。今、振り返ってももう一度、あの頃に帰りたいなんて金輪際、思いません。思えません。

 あなたはどうでしょうか。あのころのわたし以上に惨めで、痛い思いに呻(うめ)いているのでしょうか。誰にも分かってもらえず、誰にも話せず、暗い穴の底に独りしゃがんでいるのでしょうか。

 わたしには、あなたの気持ちが分かる、よく理解できるなんて言うことはできません。あなたの痛み、あなたの絶望、あなたの苦しみ、こんなにも重く、深いのにそれが分かるよなんて、どうして言えるでしょう。わたしに言えることはただ一つ、どうかあと一日、生き延びてみて。それだけです。絶望や痛みを抱えたまま、もう一日だけ生きてみてください。一日生き延びれば出会える可能性をあなたは持っているのです。何に? 言葉に、本に、風景に、音楽に、眼差(まなざ)しに……明日、何に出会えるかわからない。漆黒(しっこく)の闇に仄(ほの)明かりが灯(とも)るように、微(かす)かな何かに出会える。生きてさえいれば、必ず出会えるのです。信じてください。明日を諦(あきら)めてしまうほどに、信じる事から背を向けてしまうほどに、あなたはまだ生きてはいないのですから。もう少し、あと一日だけ、未知の明日を生きてみてください。誰かが、何かが必ず待っています。草々

◇あさのさんから大人たちへ

 わたしたち大人は、もう少し若い人たちに自分の生を語らなければならない。自分たちがどう生きてきたかを説教でも自慢話でもなく恥をさらしながら、その無様さ、滑稽(こっけい)さも含めてさらけだすべきだと思う。英雄や成功者の美談ではなく、自分たちの生きてきた軌跡を訥々(とつとつ)と語る誠実さをこの国の大人たちが失った事と、若い人の絶望は深く繋(つな)がっている。法の改定とか道徳教育の強化とか、枠組みだけからしか子どもに迫れなくなった大人たちの言葉の空虚さこそが、子どもたちの「大人になることへの希望、好奇心」を踏みにじっているのではないか。絶望が生み出すのは暴力と死。そう思えてならない。

 このメッセージが、たくさんの子どもたちや大人たちの心に届くことを祈っています。