11 心に残る10ペンス

ストーン・ヘンジ


 ストンヘンジとバースのバスツアーが終わって帰るときのことです。

 わたしは、ピカデリーサーカス駅でリージェンツパーク駅までの切符を買うとき、今度は自動券売機を使ってみようと思いました。夕方のピカデリーサーカス駅は、乗客でたいへんこんでいました。わたしは、切符を買う前に、おつりのないよう1ポンド60ペンスをしっかり持って、券売機の前に立ちました。

 最初にコインを全部入れて、ボタンをおしました。でも、切符は出てきませんでした。わたしがとほうにくれていると、後ろにならんでいたイギリス人の男性が、券売機の返却ボタンを押し、コインを出してくれました。そして、ボタンをおしてから、コインを入れることを教えてくれました。しかし、その通りにやってみても、やはり切符は出てきませんでした。

 そこで、その男性はわたしをとなりの券売機に連れて行ってくれました。でもその時点で、わたしの頭の中はパニック状態でした。後ろにはたくさんの人がならんでいます。最初から、見分けがつかないイギリスのコインですが、わたしにはもうまったく1ポンド60ペンスがどのコインだかわからなくなっていました。なんとか気持ちを落ち着かせて、1ポンドと50ペンスを見分けて自動券売機に入れました。でも、気が動転していたので、あとどのコインを入れたらいいのかわかりません。再びぼうぜんとして、立ちつくしていると、その男性は見知らぬ外国人のわたしのために自分のさいふから足りない分のコインを出して、券売機に入れてくれました。すると、切符が出てきました。わたしは、親切なイギリス人のおかげで、やっと切符が買えたのです。

 それから、わたしは彼にお金を返そうしました。でも、その時はいくら返えしたらいいのかまったく分りませんでした。彼は、わたしがあわてているのを見ながら、
「お金は返さなくてけっこうです。わたしが、もしあなたの国に行って困ったときに、今度は助けてください。」
と言っているように聞こえました。わたしは彼のやさしい言葉がとてもうれしかったけれど、お金を出してもらうわけにはいかないので、
「ノー。サンキュー。」
と何度も言いながら、お金をわたそうとしました。でも、ますます気が動転していてどのコインをわたしたらいいのか分からなかったので、出してもらったコインと同じものをとってもらおうと思い、たくさんのコインを自分の手のひらに乗せました。やっと彼が取ってくれたのは10ペンス。彼は温かい10ペンスのやさしさを、困っているわたしにくれたのでした。そして、わたしたちは、あいさつを交わして、さわやかに別れました。

 イギリスは、日本人のような有色人種に対しては、まだ差別があると聞いていました。でも、一人の親切なイギリス人との出会いによって、そんなうわさは頭の中から消え、わたしはイギリス人のことが大好きになりました。

 わたしのはだの色に関係なく、親切にしてくれたイギリス人のこと。そして、彼のくれた10ペンスの思いやり。わたしは、一生忘れないことでしょう。