2 トゥールのクリスマス
2日目は、パリの南西部のロワール地方にバスで向かいました。途中、ジャンヌ・ダルクで知られるオルレアンを通り、15世紀から16世紀に建てられたシャンボール城(世界遺産)やブロア城やシュノンソー城を見て、パリから約200km離れたトゥールに到着しました。
この街では、ただ一泊するだけなので、次の朝になるとすぐモン・サン・ミッシェルへ向かってしまいます。わたしは、せっかく来たので、ホテルに着くとすぐにコンピュータ技師のtelltellと街の中の散策をし始めました。目指すは街のシンボルでもあるサン・ガシアン大聖堂です。
今日はクリスマス。街中の店は、全部しまっています。でも、街頭の移動式のメリーゴーランドや大通りのイルミネーションはとてもきれいです。
サン・ガシアン大聖堂に向かう途中、クリスマスとあって一軒のケーキ屋が開いていました。わたしは、フランスでのクリスマスを、ケーキを食べてtelltellと寂しく祝おうと思い、すぐにそのケーキ屋に入りました。すると、女の店員さんが笑顔で立っていました。
わたしの旅の第一の目的は、現地の人々とのコミュニケーションをとることです。そして、今回の旅の目標は、大学で勉強したフランス語を話すことです。フランス語の発音は、とてもむずかしいのですが、わたしの下手な発音が果たして通用するか、試してみたいと思っていました。
そこで、大学以来ほとんど勉強していないけれど、知っているわずかな言葉で、その店員さんに話しかけてみることにしました。
「パルレ ヴ ジャポネス?(日本語を話せますか。)」
すると、彼女ははずかしそうに首を横にふりました。
「パルレ ヴ イングレス?(英語を話せますか。)」
彼女はまた首を横に振りました。そして、ぼくのフランス語が通じたことがわかりました。日本語という単語が「ジャポネス」かも、英語という単語が「イングレス」かも定かではなかったけれど、
『まあ、適当に言ってみよう。』
と思ったら、通じてしまったので、とても驚きました。と同時に、わたしはとてもうれしくなりました。
そして、フランスのクリスマスではよく食べるブッシュ・ド・ノエル(木の切り株の形をしたケーキ)を指差して、それを買うことにしました。
「コンビアン?(いくらですか。)」
とわたしが尋ねると、
「トゥエンティ シックス。」
と、話せないと言っていた英語で答えてくれました。そして、見ている間に、包装紙だけを使って、おしゃれな四画すいの形にラッピングをしてくれました。
「フォト シルヴプレ。(写真を撮らせて下さい。)」
と、ぼくが言うと、恥ずかしそうな笑顔を浮かべて撮らせてくれました。わたしは
「メルシー。(ありがとう。)オール ヴァール。(さようなら)」
とフランス語でお礼を言って、その店を後にしました。
そして、フランス語が通じた喜びとフランス人の店員さんのさわやかさが心の中に広がり、わたしはとても快い気分でサン・ガシアン大聖堂に向かいました。
夕暮れの中、町外れにサン・ガシアン大聖堂は空高くそびえ立っていました。わたしは、大聖堂前の広場で、見事なゴシック建築を眺めながら、先ほど買ったケーキを食べて、telltellと2000年のクリスマスを祝いました。
「メリー・クリスマス!」
後で調べたら、ケーキ屋でわたしがフランス語として使った「イングレス」はスペイン語であることがわかりました。店員さんもわたしが何を言っているのか、きっと理解できなかったと思います。
わたしは、勝手に、フランス語が通じたと喜んでいただけだったのです。
(『モン・サン・ミッシェルの固い握手』につづく)