5 人の心にふれたブダペストの夜

ブダペストのドナウ川

 ブダペストは、人口の約200万人のハンガリーの首都です。ドナウ川をはさんで、王宮のある古い町のブダと新しい町のペストに分かれています。「ドナウのバラ」とか「ドナウの真珠」などと呼ばれるほど、景色の美しい街です。

問題4
 ブダペストには、ハンガリーの人口の5分の1の人が住んでいます。さて、ハンガリーの人口は、約何人でしょうか。

 答えは、約1000万人です。(200万人×5=1000万人)

 ブダペストの二日目は、どによりとした曇り空でした。ホテルの人が言うには、今日は雪は降らないけれど、気温は0℃くらいだろうということでした。ヨーロッパに来て気がついたのですが、冬は、朝8時ごろでもまだ暗くて、まるで夜のようです。緯度が北海道よりも高いだけあって、冬の太陽が出ている時間が短いことを実感しました。

 午前中、現地の日本語の話せるガイドのアグネスさんの案内で、市内の主な観光スポットに連れて行ってもらいました。14人のハンガリーの英雄の像が並ぶ英雄広場。50年かけて建設され、約1000年前に完成した聖イシュトバーン大聖堂。ブダ側にあって、ドナウ川とペストの街の眺めが素晴らしい漁夫の砦や王宮など。どこも歴史の重みが感じられるところばかりです。

 午後は、ガイドのアグネスさんと別れ、自力でブダペストの街の中を周りました。ブダペストのシンボルでドナウ川に架かる美しい橋、鎖橋。バロックとネオゴシックの様式が入り混じったヨーロッパの有数の建築物で、ドナウ川にたたずむ美しい国会議事堂。「愛の夢」や「ハンガリー狂詩曲」などで有名で、『ピアノの魔術師』として知られる作曲家、リストの住んでいた家。ギリシャの神殿のような様式で作られ、ラファエロレンブラントゴヤなどの世界の巨匠の作品が集められた西洋美術館。午後の長い道のりを歩き続けた疲れを忘れるほどの感動に出会える場所ばかりでした。

 午後5時、辺りは暗くなり、ぼくはホテルに到着しました。そして、食料や水を街の中のスーパーマーケットで買うことに決め、ぼくは再び夜の街に出て行きました。ホテルのあるラーコーツィ通りは、仕事帰りの人々がたくさん歩いていました。

 ガイドブックやその他の情報によると、民主化後のブダペストの街は、治安が悪くなっているとのことでした。特に、日本人の観光客は、無防備でお金をたくさん持っていると思われているため、狙われることが多く、、年々犯罪に巻き込まれて被害に遭うケースが増えているそうです。特に最近多いのは、ニセ警官にお金をだまし取られるケースだそうです。初めに、ニセの両替商が日本円をフォリントに両替しないかと声をかけてくると、その直後にニセの警官に扮した相棒が現れ、チラッと証明書のようなものを見せ「路上で両替をするのは違法だ。確認のためパスポートとお金を見せろ。」と言ってくるとのことです。そして、うっかりお金を見せると、ちょっとした隙にお札を抜き取られてしまうそうです。最近では、旅行者や妊婦など普通の人を装って、安心させながら話しかけてきた直後に、ニセの警官が登場する場合があり、新しい手口が次から次へと考え出されてきているそうです。だから、日本人観光客が夜、出歩くのは危険なので、外出は控えるようにガイドブックには、書いてありました。

 そんなことを思い出しながら、夜のブダペストの街を用心しながら歩いていると、向こうから歩いてくる人がみんな泥棒に見えてきます。話しかけられたらどうしよう。言葉がわからない振りをして逃げよう。逃げても追いかけて来たらどこかの店に飛び込もうか。まるで、子どもたちに痴漢に対する注意を話しているようなことを考えながら、地図を片手にぼくはうろついていました。

 スーパーを探しても、地図にも載っていないし、店の看板はすべてハンガリー語なので意味がまったくわかりません。不安な気持ちで、交差点で信号待ちをしていると、背後から、
「May I help you?」
という声が聞こえました。ぼくは、
『ついに、ヨーロッパに来て初めて犯罪に巻き込まれるときが来たな。』
と、思いながらも後ろを振り返りました。すると、そこには、会社帰りの親切そうな女の人が、立っていました。
「スーパーマーケットのある場所を教えて下さい。」
と、ぼくが言うと、彼女は、
「ユリウスというスーパーが、すぐそこにあります。」
と、指を差しながら教えてくれました。わたしは、
『よかった。』
と、思いながらも、ニセ警官がこの後に現れるのではないかと思い、用心しました。でも、その女の人は、日本人であるぼくをとても懐かしい様子で見ていました。彼女に話を聞いてみると、以前、日本の佐渡に勉強のため住んでいたのだそうです。ぼくたちは、英語と日本語を混ぜながら、数分間の会話を楽しみました。

 そして、信号が青に変わりました。彼女は
「Have a nice trip!」
と言って、ぼくは、日本語で、
「ありがとうございました。」
と、お礼を言って別れました。結局、ニセ警官は現れませんでした。

 ぼくは思いがけない出会いに心が温まり、ユリウスに着くと、とても清々しい気持ちで買い物をしました。ぼくは、彼女の名前も知りませんし、今では顔も思い出せません。そして、もう二度と彼女と会うこともないでしょう。でも、あの街角の数分間の場面と彼女の親切な心遣いが、今も心によみがえってくるのです。

(「冷たい風が吹くウィーン」につづく)