4 ハンガリッシュ・スタイル・スパゲティ

飛行機から見たシベリア


 1月3日(月)ヨーロッパ時間の午後8時。日本を出発して約17時間後にようやくハンガリーブダペストに着きました。これから二泊する予定のホテルは、『グランドホテル・ハンガリア』。にぎやかな街中にあり、四つ星のまあまあの大型ホテルです。

 約24時間寝ていないぼくは、食欲もあまりないけれど、このツアーに同行したカメラマンの中年H氏に誘われてホテル内のレストランに行きました。

 古い落ち着いた感じのレストランに入ると、ハンガリーの楽器なのか、アコーディオンのようなオルガンのような寂しい音色で音楽の生演奏が行われていました。いかにもハンガリーに来たような雰囲気が感じられました。

 ウェイターのおじさんが、ぼくに渡してくれたメニューを見ると、ハンガリー語と英語で料理の名前が書いてありました。ぼくは、何も食べたいと思わなかったけれど、中年H氏の付き合いでメニューの中の『ハンガリッシュ・スタイル・スパゲティ』というのを注文してみました。ハンガリー風のスパゲティとはどんなものなのだろうかという興味を持ったし、スパゲティぐらいだったらおなかがすいていなくても食べられるだろうと思ったからです。

 料理を待っている間、生演奏は、坂本九が昔歌っていた『上を向いて歩こう』の曲に変わっていました。きっと日本人が入って来たので、気を遣って日本の歌をプレゼントしてくれたのでしょう。そう思うと、とてもありがたい気持ちになりました。

 そんなことを考えながら音楽を聴いていると、『ハンガリッシュ・スタイル・スパゲティ』が運ばれてきました。よく見ると、ちょうどナポリタンスパゲティにハンガリー名物のサラミと野菜が混ぜてあり、とろけるチーズがその上に固まった状態でのせてありました。ぼくは、ハンガリー風スパゲティといっても見た目は日本のものとあまりかわりないなと思い、一口食べました。食べてみると、味はまあまあだと思ったのですが、食べ進めていくうちに、麺が柔らかすぎて、味もわたしの口に合わないことに気づき、まずいと思うようなってしまいました。おまけに、とろけるチーズはさめて固まっていて、食べようとすると、全部くっついてきてしまって、なかなか切れません。

 見た目は日本風と似ているけれど、やはりこれがハンガリー風なのでしょうか。ハンガリーの人は、これをおいしいと思って食べているのでしょうか。もともとおなかのすいていないわたしは、半分以上は食べたのですが、これ以上食べると胃がムカムカしてしまうので、、作ってくれた人には申し訳ないけれど、残してしまいました。

 中年H氏が注文した料理を見てみると、魚のフライのようなものとキウイとぶどうが埋め込まれたポロポロのご飯が、お皿の上にのっていました。このご飯は、果物といっしょにのっているけれども、いったい主食なのだろうか、デザートなのだろうか。ぼくが、そんなことを考えながら見ていると、中年H氏は、
「なんだこりゃ。飯の中に果物が埋め込んである。ああっ、頼むんじゃなかった。」
と言って、まずいまずいと全部食べてしまいました。

 ぼくが、『ハンガリッシュ・スタイル・スパゲティ』を残したまま、中年H氏が食べ終わるのを待っていると、先程のウェイターのおじさんが、「どうして食べないんだ。そんなにまずいか。」と言いたげに、残った料理をにらみながら、用もないのに何度も何度もテーブルの近くを通って行きます。ぼくは、やっぱり食べないと悪いかなと思いながらも、これ以上無理して食べると気分が悪くなりそうなので、結局残してしまいました。

 そして、いよいよお金を払う時が来ました。ずっとわたしたちのテーブルの近くをうろついていたウェーターのおじさんが来て、英語で料理の合計金額を言いました。ぼくは、このまま黙って行くのは後ろめたいと思い、
「全部食べられなくてごめんなさい。でも、このスパゲティは日本と同じです。」
と英語で言い、「ハンガリーのスパゲティがまずくて残すわけではない。」ことを間接的に伝えました。すると、ウェーターのおじさんは、
「同じ!」
と驚いた顔をして、うれしそう言いました。それを見て、わたしは少し気持ちが通じたのではないかと思い、気持ちが楽になってレストランを出ました。

 こうして、生まれて初めてのヨーロッパでの食事は失敗に終わり、ホテルのレストランに入ったことを後悔しながら、ブダペストの一泊目の夜は過ぎていきました。

(「人の心にふれたブダペストの夜」につづく)