朝の戦慄


 昨日、通勤途中でめずらしく渋滞に巻き込まれました。ノロノロ運転で進んでいくと、交通事故が起きたようでパトカーがたくさん止まっていました。四車線の道路の反対の車線が閉鎖されていて、これが渋滞の原因でした。その事故現場の様子は身も凍るような恐ろしさでした。3台の車が、原型を留めないほどグチャグチャに押しつぶされ、少しずつ離れて、道路に転がっていました。まるで戦争の後のようで、どのようにすればこれほどの事故になるのか、予想できないほどのひどい事故でした。だれもが「死者が出たな。」と思うほどでした。

 今朝の新聞を見たら、「殺人的なスピード」で直進してきた少年の車が、右折しようとして交差点内にいた自動車2台に次々に衝突し、30mくらいつきとばして、そこにもう一台がぶつかっていったそうです。運転していた少年の車は、空を飛び、少年は車から飛び出して道路に倒れていたそうです。死者は、少年を含む4名だったそうです。罪のない人々を巻き込んだ本当に悲惨な事故でした。

 わたしは、2年前の秋に巻き込まれたこれと同じような交通事故を思い出しました。

 わたしが、ある休日の夜、車でスーパーから帰って来て、自宅付近の交差点内で右折しようと止まっていると、前方の暗闇からいきなり黒いものがものすごいスピード突っ込んできて、運転席側のドアにぶつかって行きました。何事かと思って後ろを振り向くと、その黒いかたまりは、ぼくとは逆方向に進んでいたワゴン車に追突し、そのワゴン車が回転して逆さになって歩道に乗り上げました。さらに、黒いものは、反対車線の軽自動車にぶつかり、歩道に乗り上げ、フェンスに突っ込んで止まりました。その無灯火の車を運転していたのは、やはり少年で、すぐに保護されて、事故現場からはいなくなりました。わたしはは、なぜ事故の当事者がいないのか、不思議に思いましたが、事故の被害者として、現場検証に立ち会いました。事故を起こしたのは、知的障害者の施設を抜け出した少年だとわかりました。その後、警察署で事情聴取を受け、家に帰ったのは、夜中になってしまいました。幸い、けが人は出なかったけれど、今思うと、もし数メートルずれていれば、わたしはもう今ここにはいないかもしれません。本当におそろしいできごとでした。

 数日後、少年の父親が謝罪に来てくれました。少年は、知的障害があり、前年まで養護学校に通っていたそうです。母親は、数年前に病気でなくなり、少年の世話をする人がいなくなったので、しかたなく、父親は施設にいれたそうです。少年は施設に入った後も家に帰りたくて、何度かだまって出てしまったそうです。その事故の起きた日も、自宅での外泊から帰ってきたばかりで、家に帰りたい一心で、施設の近くのキーのついていた車に乗り込んだそうです。少年は父親の車を運転するところを見ていたので、車の運転ができ、車の向いている方向に道路にそってまっすぐ4kmくらい進み、初めてぼくの車にぶつかったのでした。障害者をかかえ一人で苦労し、この事故で4台の車を修理したり、弁償したりしなければならない父親の気持ちを考えると、ぼくはまったく相手をせめる気持ちにはなりませんでした。本当にけがもなく、命も助かったのでよかったと思いました。

 そんなことを思い出しながら、わたしは「もうどんな事故もこりごりだ。」と思いました。